Monthly Archives: 10月 2012

無用な被曝はさせないという選択

息子の入学予定の公立中学校の修学旅行が福島県だった。

資料をもらってきた息子は「笑っちゃうよ」と言って帰って来た。

小学校の修学旅行の日光も行かせなかった我が家が、福島に行くことなどそもそもない。

福島が悪いわけでもないし、福島の人たちを疑っているわけでもない。

我が子を守るための選択であって、「小さい子どもを一人で留守番させない」や「一人でお風呂に入らせない」と同じで、「無用な被曝をさせない」だけである。

安全・安心とか、危険とかの選択ではなく、「無用な被曝をさせない」だけである。

東京から裏磐梯に行くまでの間、中通りを通って行く。東北新幹線や東北自動車道を計測しながら移動すればよくわかるが、那須を超えたあたりから空間放射線量が高くなってきて、郡山市内は車内においても0.5µSv/hから1.2µSv/hまでは上下していく。平均的に0.3µSv/hから0.8µSv/hくらいは当たり前の数値である。

ちょっとした草むらや、公園などは、それ以上の高線量の場所はいくらでも存在する。

 
紙面には「紙面ですと誤解が生じやすいものです。ご質問などございましたら遠慮無く校長までお問い合わせください」と書かれている。

「福島へ行くことの複雑な状況を理解している上」で福島行きを決定しているのである。

危険回避を第一と考えた場合、「誤解を生じやすい状況」や「安全である」と説明しなければならない場所は、危険を取り除けていないということの裏返しである。

 

行き先は裏磐梯、今まで行ってきた場所で、

「長年開発を重ね、充実した活動が可能です」

「教育委員会、他校校長を実地調査を行い、安全が確認されました」

「会津地方の方々は昔同様の生活をされています」 <-昔とは震災前のことだろうか。

とのこと。
早い話、「今までの事を踏襲し、行ってみたけど何も起きなかったから安全で、会津は何も変わっていませんよ」ということ。

このような表現を教育者が行うのだから、残念である。

何度も言っているが、安全安心を強調するのであれば、空間線量や土壌の放射性物質の含有量を計測し、その数値を発表し、医療関係の法律や原子力関係の法律と照らし合わせ、合理的な結論を導き出せば良いだけのこと。

学校の教育関係者は、論理的合理的思考を持ち合わせている人がほとんど見られない。

そのような教育者に育てられている子どもたちは、論理的合理的に思考することなど許されていないから、雰囲気に流される大人が量産され続けていく。

 

桧原湖周辺も、0.3µSv/hを超えているところがある。

私が福島に初めて行ったのは、震災が発生してから。40歳過ぎてから。
大人になってから、自分で選択して、いろいろなことを学べばよい。

 

 

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ボーイスカウトの個人装備

2007年当時の隊長時代の話。
カブスカウトからボーイスカウトへ上進する際に、保護者向けの説明会を行っていた。
カブスカウトのキャンプは、宿舎を利用することが多く、キャンプ道具を持っていることはほとんど無かった。
ボーイスカウトになると、テントでの野営が基本になるため、寝袋を始め、アタックザックや雨具、食器などあらゆる個人装備が必要になってくる。

しかし、ちゃんとした説明をしておかないと、安かろう悪かろうの品物を買ってしまい、キャンプそのものが苦痛になってしまう。

購入する親は、キャンプの苦痛を感じないため、スカウトだけがやる気をなくし、時間とともにボーイスカウトから離れて行ってしまう。

キャンプ生活が快適に楽しく過ごせるように、指導者は保護者とスカウト両方に丁寧な説明が必要とされる。

今から5年も前に作ったものだから、掲載品が古くなっている。これは毎年更新して、その時々の安定している商品を掲載してきた。当時はLEDのヘッドライトが発売され始めていたが、照度も十分ではなく、その上防水性能も備わっていなかったものが多かった時代。今ならLEDの防水ヘッドライトをおすすめする。

このカタログを用意するに当たって特に気を遣ったことは、
商品名を明記すること。
価格を明記すること。
どこで買えるかを明記すること。
保護者には余計な苦労をかけないことを念頭に置いています。

ごどもの頃は、いろいろなカタログを見ては、夢や希望を勝手に想像して、空想の世界で遊んでいた。
いまの子どもたちが空想の世界を持っているかどうかはわからない。

それでも、カタログを作って、手渡して、キャンプへの足がかりになったら良いと思っている。
この環境を用意して、先輩スカウトがカタログのようなキャンプをしているのを、一緒に体験すること。

そして、そのあこがれの中で、スカウティングが行われていることがよい循環を作り、スカウティングの魅力が、スカウトによって伝えられていくこと、これこそが指導者の醍醐味であると思っている。

 

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ボーイスカウトの信頼度

「ボーイスカウト」を何となくでも知っている人は、とてつもなく多い。

そして、ボーイスカウトの制服を着ているだけで、その人の信頼度が高くなる。

例えば
「道を尋ねる場面で、女子高生しかいなかった場合」
おっさんが車から声をかけて、道を教えてもらおうとしても、不審者扱いされるのが関の山である。
ちゃんと制服を着て、「ボーイスカウトですが道を教えていただけませんか?」と尋ねると、丁寧に答えてくれる。

「深夜のマクドナルドで飲食を行う場合」
そもそも、こんな事があってはならない。都条例で少年だけで深夜の飲食店へ入ってはならないのである。
しかし、現実は間違いも起こるわけで、オーバーナイトハイクの途中で、リーダーと一緒にラーメン屋で緊急夜食をとることになったのだが、なぜかスカウト数名がマクドナルドへ行ってしまった。
その上ボーイスカウトの制服のまま入って行ってしまった。
カウンターの店員は「子どもだけでこの時間に飲食を行うことはできません」と丁寧に断りを入れたそうだ。
ごもっともな事です。お店側にも責任が及ぶわけだから、ダメなものはダメと断るのが当然。

ところが、奥から店長らしき人が出てきて、「ボーイスカウト活動中ならば販売飲食をさせてあげなさい」と、店員さんに指示をしたらしい。
スカウト達は、しっかりと飲食をして帰って来た。
厳密には大人が付き添っていない状態だからダメなんだと思うが、ボーイスカウトということが、信頼に値するという事の一つだと考える。

先日は「港区民祭り」に参加して、迷子の女の子を保護した。
2歳くらいの女の子が、一人で半泣きの不安顔で歩いていた。周りを見渡しても親と思われそうな人はいない。
迷子じゃないかと勘が働いたが、周りは何も気にしない。

女の子がどこかへ行ってしまうと話がややこしくなる気がしたから、彼女のところへ行った。
私はボーイスカウト奉仕中のため制服を着ていた。制服を着ていなければ祭りのスタッフを先に呼んでいたかもしれない。
今回は制服を着ていたから、気兼ねなく女の子に声をかけて、手をつないでしかるべき場所へ連れて行くことができた。
連れて行く途中にお母さんと遭遇し、無事引き渡すことができた。

制服を着ていないひげおやじが2歳の女の子の手を引いて歩いているのを、彼女のお母さんが見たらどう思っただろうか。先にも書いたように、私だけだったら彼女の手を引いて歩く手段はとらなかったと思う。

まだまだ、ボーイスカウトの信頼度は残っていると思うし、それなりに知られていると思われる。
この強みを生かさない手はないのだが、スカウティングをしている大人たちは、その制服を嫌って着なくなっている人が多い。
そして、その大人を見本として、子どもたちも制服を嫌う傾向がある。

制服デザインの善し悪しは別として、今あるものを最大限活用しないともったいない。

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