ごきげんななめのてんとうむし

先週、仕事中に、銀座松屋で開かれていた、「エリック・カール展」に行ってきた。昼休み(もともとそんな時間割はそんざいしないけど)の短い時間だったので、さらっとしかみられなかったけれど、けっこう良かった。
エリック・カールは「はらぺこあおむし」の著者。世界中で読まれている本なので、子どもを持つ方は、耳にしたことがあると思う。絵に色があふれていて、絵本もしかけがあったりして楽しい。21歳も年が離れている妹のために作られた本だそうだ。長男も次男も、この本にはお世話になった。
あおむしが日曜日に生まれて、はらぺこのために食べ物を探し、日に日にたくさんのものを食べ、次の日曜日にはおなかもいっぱいになり、そしてさなぎになり、ちょうとなっていくお話。土曜日には、ホントたくさんの食べ物をたべちゃうのだけれど、そのページが次男のお気に入り。「これは、ボク」「これはにぃにぃ」「これは、ママの。」「これ、たお」と家族みんなにも分けてくれていた。
「はらぺこあおむし」がみんなに読まれている訳を、カール氏本人は、「ちいさくても、はらぺこでも、みにくくっても、最後には成長してちょうちょになる。そこに希望があるからでしょう」とコメントしていた。そう!
「宿題しなさい」というと、屁理屈こねてやりたがらない怠け者だって、4歳近くになってようやくパンツになれたマイペースくんだって、「バンプ!」(ジャンプ)って言いながら足が地面から離れられなくったって、そのうち、成長してちょうちょになっていく。で、飛び立っていくのでしょう・・・。嬉しいような、寂しいような・・・。

「エリック・カール展」では、2歳の誕生日直前だった三男のために、「ごきげんななめのてんとうむし」という本を一緒に来ていたおばあちゃんに買ってもらった。
この本も、「はらぺこあおむし」同様、仕掛けになっている。今度は生き物がたくさん出てくる。
「あち」(はち)「しゅーめ」(すずめ)「ざがに」(ざりがに)「な?」(はいえな)「たい」(さい)・・・。小さいものから大きなものが24時間の時間を追ってでてくる。最後はくじらがでてきて・・・。
でも・・・。出てきた生き物を三男はそれなりに発音している。ハイエナは難しいのか、「な」で終わらせてしまったけれど、その他は遠からず、と言ったところ。それなのに、主役の「てんとうむし」は、なぜか「ばいばいちぃ」!!
今朝も、朝から絵本を持ってきて、「ばいばいちぃ、よぉで!」(よんで)とせがみにきた・・・。「てんとうむし」と発音できるのはいつのことだろう?

ちなみに、絵本と一緒に「はらぺこあおむし」の絵のついたハンドタオルも買ってもらった。それもお気に入りで、丁寧にしわを伸ばして置き、枕にしている・・・。

ミッキーのジャックとまめの木

「ジャックとまめの木」のミッキーマウスヴァージョン。
ハードカバーの重い本を、いま、次男はお気に入りで、ほとんど毎晩読まさせられる。A4ほどの大きさのハードカバーで、中身も重量感がある。いまは、ソフトタイプしか売っていないようで、本屋でも見かけない。たまたま古本屋で、この本と、「くまのプーさん」「白雪姫」などをみつけ、なんか懐かしくて買ってしまったものだ。
でも、この本、夜、寝しなの読み聞かせにはちょっとツライ。横になって持ち上げて読んでいると重くて手がさがりそうになる。しかも、眠気もあり、ふと手の力がゆるむとこどもや自分の頭などに落っこちてくる!その痛いこと!!
 私がそれこそ次男くらいの頃、「白雪姫」にはまり、毎晩読んでもらっていたそうだ。しかも、1字1句覚えてしまい、母が読み間違えると「ちがうよ!」と怒っていたらしい。母はそうとう大変だっただろうと今頃になって思う・・・。
閑話休題
 この、「ミッキーのジャックとまめの木」は、いわゆる「ジャックとまめの木」とはストーリーがちがっている。
本来の「ジャック〜」は、怠け者で貧乏のジャックが、最後に残った雌牛を魔法のまめととりかえ、そのまめによって雲の上の国に行けるようになり、そこで、大男の持ち物である、金の卵を産むにわとりと、魔法のたて琴を盗み出し、貧乏を脱出する話だ。(かなり乱暴なあらすじだけど・・・)
「それって、ドロボウじゃないの?」という疑問が前からあった。ヨーロッパの民話は、日本人である私には「え〜?!」というものも多い。「ジャック〜」もその1つだった。
 ところが、「ミッキーヴァージョン」では、ストーリーが全く違っている。主人公はミッキー・ドナルド・グーフィーの3人。3人が住む「幸せ谷」は、魔法のたて琴によって作物が育っていたのだが、大男がそのたて琴を盗んだため作物が枯れ、3人も食べ物がなくなってしまう。そこで、雌牛を売りにミッキーがでかけるが、魔法のまめ3粒と換えてきてしまう。そのまめによって、大男の住む世界へ行くことが出来、たて琴をとりかえし、また幸せ谷に平和がもどる。というストーリーになっている。
これは、とってもわかりやすい。すっきりしている。主人公は善。そして善は善でしかないし、悪は悪でしかない。そして善は悪に勝つ。
 いまは、こどもたちには「勧善懲悪」的なストーリーのほうがむしろ良いだろうと思っている。私自身、未だに本来の「ジャックとまめの木」を「ラッキーな幸せってのもあるのさ」と納得できるわけではない。文化の違い?国民性?そう探求していくと深みにはまりそうなので、いまは、「ミッキー」と一緒に、「悪いことをしてはだめだよ」とこどもに教えている・・・。

おつきさまこんばんは

次男が言葉を覚え始めたころ、よく耳鼻科に通っていました。その耳鼻科の待合室においてあった本の中に、この絵本がありました。彼は、耳鼻科に行くとまずその本を選び出し、順番が来るまで何度も読み返し、診察が終わって、処方箋をもらうまでの間も、また、その本を取り出していました。他の子がその本を持っていってしまったりすると、大泣きしていました。
彼が初めて覚えた挨拶は、その本の影響で「こんばんは」でした。朝でも昼でも「わーわーわ」(こんばんは)とお辞儀をしていました。

とっても短くシンプルな内容なのですが、出てきたおつきさまが途中、隠れてしまったり、にこやかにまた出てきたり、ドラマチックに思えていたのかもしれません。
その後、しばらくその本から離れていたのですが、先日、生協でその本を扱っていたので、思わず購入してしまいました。
久しぶりに改めて読むと、次男は読んでいる私の顔を見つめながら、くもがおつきさまを隠しそうになるときに困った顔をしたり、でてきたおつきさまのように笑顔で読んだりするのを、楽しそうにマネをしていました。