散歩の達人

 気になる特集が組まれていると、駅売店で買う「散歩の達人」。
今月号の特集は「80年代東京を歩く」。
 1980年は9歳、89年は18歳、多感な時期を80年代に過ごしたことになる。
「あのころの名車」では、トヨタソアラ、角目ブルーバード、鉄仮面スカイライン、86レビン、丸目マーク?、それはそれは懐かしい車が載っています。
ソアラやマーク?は、家で乗っていただけに子どもの頃の記憶がよみがえってきます。
 当時のファッションは、ハマトラ、セーラーズ、陸サーファー(どれもまともに文字変換できない、、)、確かに流行ってました。
 僕はチェッカーズをまねて、前髪をスルッと垂らすことに必死になっていた。
癖毛なのでうまく出来ず、DEPで固めても湿気で元に戻ってしまい、結局単なる坊ちゃんになってしまうのが落ちだった。
 ムースの整髪料も無かったんじゃないかなぁ、とにかくDEP命だった。
 当時のカルチャーを振り返る対談にしても、キーワードがすごい、糸井重里の「おいしい生活」とか、監督の「ほとんどビョーキ」、オールナイトフジ、夕焼けニャンニャン、エリマキトカゲ、雑誌FMステーション。どれもそれなりにお世話になりました。
やはりどれもまともに変換できない。
 ほかにも、懐かしく「ここ行った」とか「確かにそうだった」などと昔を振り返りながら電車で読んでいます。
 ちなみにiPodnanoで聞いているのは、レベッカ。まさしく80年代。
レベッカのドラムだった小田原豊氏は、先日行った浜田省吾のコンサートで、ドラムスとして参加していて、このこと自体「あぁ、時代は過ぎ去ったんだぁ」と感じたものです。
 これをきっかけに、80年代を振り返るBlogを書いてみようと思っています。

Mac mini

Macminiでこの文章を書いている。
デザイン変更したお客さんのページがMacで正しく表示されないことが判明したので、たまたま事務所にあったMacminiを持ち帰っている。
 それにしても小さく可愛いマシンだ。
 マウスもキーボードもWindowsのものをそのまま使っているが、やはりMacはMac、Macを使っている満足感に浸るには十分なほど、可愛くて仕方がない。
 仕事をするために持ち帰ったのにも関わらず、Blogにアクセスし、この文章を書いているのだから、一体なんの為に持ち帰ってきたのかわからない。
 でもやっぱり、かわいい。物欲がフツフツと沸いてくる。
この気持ち、うちの妻はわかってくれるだろうか。

文字にする

 ブログ、毎日毎日更新してこそ、面白味があるのだと思う。
日々、仕事と雑務に追われ、思っていること、考えていることを文字に変換して表現することがとても難しい。
 単なる言い訳にすぎないわけで、それこそ時間を作り、表現することを続けることで何かが見えてくるような気がする。
 日々、出掛けているわけで、買い物をしているわけで、アンテナを張っていないだけ。
 アンテナを張っていないのは、とてもよろしくないと思う。
なんとかせねば。

夜の楽しみ

我が家には、絵本がたくさんあります。
いただいたり、親が買い与えたり。
上の子は1歳半ごろからだったでしょうか、
毎晩、最低2冊は読んであげていました。
仕事をしていることもあり、2冊目になると、
たいてい、半分こちらが寝てしまい、
「ママ!起きて」
と言われながら、何とか読んでいました。
最近は下の子がいること、引っ越し後、
荷物が片づかなかったことなどで、読んで
あげる回数も、かなり減っていました。
けれど、ようやく寝室に絵本用の棚が
現れ、そこに絵本がならぶと、
「どれが、あんまり読んでいないかな?」
などと順位をつけ、
「これ、あんまり読んでないから、今日と
明日と、あさって読む!」
と早速リクエストがきました。
夕べ読んだのは、『ノアのはこぶね』。
絵を楽しんだり、一緒に音読したり、
久しぶりに楽しい時間でした。
弟は、まだじっと絵本を見ていることが
できず、すぐにページをめくってみたり、
放り出したりしてしまうので、彼が寝てから
読むのですが、いつか、弟も一緒に
3人で頭を並べて、お話を読んだり、
絵を楽しむことができるな、と、
楽しみにしています。

子どもの言葉

 鶏の唐揚げが夕食にでてきました。
5歳の息子は、「油揚げ?」「唐揚げ?」と確認してきました。
油で揚げているから、油揚げでも間違っていないけど、鶏だから唐揚げ、豆腐をあげると油揚げ。と説明したけども、この違いをどう理解するのだろうか?
 歯医者と会社。
「旗の台の会社の近くのコンビニにいこうよ」と息子にせがまれました。
 旗の台の会社? はて、旗の台の会社ってどこだ?
息子に「旗の台の会社って?」と聞くと、「父さんと一緒に行ったじゃん、ずっと待っていたところ!」待っていた?会社もなければ、待っていた記憶もない。
考えていると、「歯を治してもらったじゃん」あぁ歯医者か、
「それって歯医者のことか」「そう歯医者、会社と歯医者、似てるね」
息子曰く「父さんが毎日行くところは事務所でしょ、ママが働いているところは教会、でも会社って言うんでしょ」
うーん、父さんは会社だけど、母さんは会社とは言わないなぁ。

 子どもの言葉の間違いは、新聞や雑誌でも楽しく掲載されていますが、我が家でも楽しませてもらっています。まだまだ当分の間、楽しい言葉間違いが一杯でてくると思うと、子育てが楽しくなってきます。

ボーイスカウトと中学受験


「人生、何がどうなるかわからない」
昔から言われ続けていますが、本当にそう思います。

 来年はボーイスカウトの日本ジャンボリーの年です。
石川県珠洲市に22,000人が集まりキャンプが行われます。
ジャンボリーは4年に一度しか開催されず、ボーイスカウトとして参加できるチャンスは一回しか訪れないのです。一生に一回なんです。

その後は、参加する隊へのボランティアとして参加するか、スタッフとして参加するしかなく、ジャンボリーを楽しむという意味では、本当に一回きりなんです。
ほんと、ジャンボリーは楽しいので、スカウトを連れて行ってあげたいのです。

と、力説している私自身は、スカウト時代ジャンボリーに参加していないのです。
というより、当時は参加希望者が多く、選抜された者しか参加できなかったのです。
今でも、参加資格には、
「会期中のキャンプ生活に耐えうる健康とキャンプ技能を持つ者から、都道府県連盟ならびに各団が責任を持って選抜します。」
と書かれていますから、優秀なスカウトが参加するのです。たぶん。

しかし、「中学受験を考えていますので、とても一週間なんて空けられません」と欠席の連絡が早々に来ました。

早い話が、ボーイスカウトより受験を選択されてしまったわけです。
「ごもっともでございます。」としか言い返せない私も情けないのですが、「受験」という現実の前に「ボーイスカウト」は負けてしまうのです。

その中学受験ですが、私自身中学を受験しました。20年以上前に。
毎週日曜日は、午前中ボーイスカウトに行き、おにぎりを食べながら移動し、四谷大塚進学教室へ通っていました。
しかし、勉強嫌いだった私は、キャンプも含めてほとんどのボーイスカウト活動に参加していたように思います。

2年以上も受験勉強もどきをしていたのにもかかわらず、その中学校も”そり”が合わず1年で辞めてしまいました。

その後、現在に至るわけですが、振り返って見て思うことは「所詮、受験したところでどうよ?」っていうのが正直なところです。

大学を出て、一流と言われる企業に就職した人間と比べると、生涯賃金で「1億円」も収入が少ない現実というものがありますが、お金中心に生活しているわけではないので、何ら問題はありません。それだって、定年まで雇用が保障されていての事。

すてきな女性と結婚し、楽しい二人息子に囲まれ、戸越の地でマイホームを持つ。
人生、十二分に満足しています。

受験しなくても、人生十分楽しめるぞ。
人生のうち”たった1週間”ジャンボリーに行くことが、許されないなんて。
大人になったら、そのたった1週間さえ休みが取れなくなるというのに、、、、、

片づかない!

我が家には、5歳と1歳の男の子がいます。
夫も私も仕事を持ち、そして、片づけがヘタ!
そうなると、家の中はどんどんちらかるばかり・・・。
そこで、私は仕事を週に1度は在宅ですることにしました。
今日はその初日。
ところが、今までいけなかった銀行へいったり、
買い物をしたりそのうち、早めに迎えに行くと約束していた
保育園のお迎えの時間・・・。
子どもとともに片づけをしようなんていうのは、どだい無理。
カエルの子はカエル。子どもも片づけが苦手。
そして、夕食の準備をして夕食を食べさせる・・・。
なんだか、いつもより、疲れてしまいました。
働くお母さんたちは、みなさん、一体どのようになさって
いるのでしょう?

対照的な運動会


 保育園の運動会と、小学校の運動会に参加しました。
保育園の運動会は、小学校の校庭をお借りして土曜日行いました。
 学校の門は完全に閉め切り、部外者が入りにくいように門にパトロールの人を立たせ、安全を考慮していますとアピールしています。
 また、毎年、年齢の低い子ども達の競技などでは、一人一人の名前をマイクで読み上げながら、みんなで「○○ちゃん、がんばれー!」と応援していたのですが、「個人情報保護のため読み上げません」と、今年は名前を読み上げることがありませんでした。他人の子どもは、やはり他人の子どもで、今ひとつ応援に力が入りません。
 場所は変わって小学校の運動会。
こちらは、「地域参加型運動会」と銘打っているだけあって、完全開放型です。
 小学生はもちろん、地域の大人達も含めて混沌とした雰囲気の中、大きな盛り上がりを見せていました。
 特におもしろかったのは、地域の「踊りの会」のおばちゃん達を先頭に、みんなで品川音頭を踊ったり、町内会対抗のリレーがあり、各町内会の名前の入ったゼッケンを付けて行うリレーは、それこそ大人達も興奮して応援していました。
 自分の町内の子どもが走っていたら、そりゃ知らない子でも応援に気合いが入るって。
 街ぐるみで子ども達を守り、育てようという空気が伝わってきます。
 品川区では、小学校から学校選択制を取っています。各学校は、魅力ある学校を作り、子ども達を集めなくてはなりません。その一環としてこのような地域開放型を選択されたのかもしれませんが、未就学児の父親としては、この小学校の運動会は、とても魅力的に感じました。